DX推進の成否はデジタル人材の育成・確保がカギ
我が国産業の付加価値向上と競争力増強を政策でサポート
text by月刊「LOGI-EVO」編集長 片岡信吾
月刊「LOGI-EVO」は、2021年8月に創刊されたあらゆる産業に関わるロジスティクスの総合専門誌です。
経済産業省
商務情報政策局
情報技術利用促進課
課長補佐
奥村 滉太郎 氏
我が国経済の停滞状況を打破し、再び成長曲線を描くためには、既存ビジネスの生産性向上や業務効率化、属人性の打破などとともに、次代を担うニュービジネスの台頭が欠かせない。そのキーポイントなるのがデジタル技術利活用の拡大、すなわちDXの推進だろう。新型コロナ感染症拡大への対応から、多くの企業がITを活用し、テレワークやリモートで事業継続を図る動きが広がったが、事業者総体としてのDX推進はどこまで進んでいるのか。その成否は今後の我が国経済の盛衰に関わるだけに、とりわけビジネスパーソンにとっては最大関心事の一つであるに違いない。
そこで今回は、経済産業省にあって我が国DX政策の中核を担い、政策を推進している商務情報政策局情報技術利用促進課の課長補佐である奥村滉太郎氏にインタビューし、我が国DXの現状と課題、また推進している政策、今後の展望などについて話を聞いた。
年々低下するデジタル競争力
人材不足・スキル不足が露呈
まずは我が国産業におけるDXの現状から伺いたいと思います。
奥村:日本のDX推進状況を国際競争力という観点から俯瞰して見てみると、スイスの国際経営開発研究所が発表した2022年の「世界のデジタル競争ランキング」では、調査対象の63か国・地域の中で29位であり、残念ながら年々その順位を下げているのが実情です。
DXが進展しているにも関わらず国際競争力は低下しているということですね。
奥村:国際競争力による相対評価ですので、我が国産業のDXが進んだとしても他の調査対象国・地域のレベルアップが我が国より進展していれば「低下」という結果になります。直近のDX白書でも、漸進的ではありますが、我が国産業のDXが進んでいることは明らかで、全社規模で取り組んでいる企業・事業者は増えているのですが、国際的な推進指標での比較になると、その差は開いてしまっています。大企業と中小企業との取組に差が出ていることも課題です。
その要因はどこにあるのでしょうか。
奥村:まず進展の速度が相対的に遅いということがあると思いますが、他の調査対象国・地域との比較でその要因をさらに深掘りすると、デジタル人材の不足、あるいは従業員のデジタルスキルの低さという要因が浮かび上がってきます。
人材とスキルの不足ですね。なかなか難しい課題です。
奥村:そもそもDXで何を目指すのかという観点も重要です。アナログ業務をITツール導入でデジタル化することも確かにDXの取組の一つではあるのですが、大切なことはそのツールを使って何を実現するかです。具体的にはDXによってビジネスモデルを革新し、新たなサービスや商品を作り出すことで競争力や付加価値を高め、「もっと儲かる」ようになっていただきたいということです。先ほど大企業に比べて中小企業のDXが遅れているとの調査結果に触れましたが、我が国産業のサプライチェーンの大部分を構成しているのは中小企業ですから、とりわけ「もっと儲かるためにはどうするか」という観点から変革に取り組んでいかれることを後押ししていきたいと考えています。
では今後のDX加速のために求められる人材の供給についてのお考え、施策について伺いたいと思います。
奥村:DXの推進においては、デジタル人材の育成が鍵になると思います。学校教育では、2022年度から「情報Ⅰ」が高校の必修科目になりました。「情報Ⅰ」とは、情報社会の問題解決、コミュニケーションと情報デザイン、コンピュータとプログラミング、情報通信ネットワークとデータの活用について学びます。私たち現役社会人がすでに知っているようでありながら、あいまいであったり、不正確な理解であったりするこれら情報・知識を体系的に正確に、かつ実践的に学んだことが当たり前の人材が数年後に社会に出てくることになります。現在の国家資格の中で近いと言えば、ITパスポートがこれに当てはまるかもしれません。
現役社会人についてはいかがでしょうか。
奥村:現役社会人についてはリスキリング(学び直し)が重要になるでしょう。就職後に現場で必要とされる技術は一般的にOJTを通じて習得されますが、職歴を積み重ねていくなか、必要に応じてアップデートされていく技術や知識を学び直すということは個人レベルでも企業レベルでもまだ仕組み化が徹底されていないように思われます。我が国産業の雇用形態は、様々な環境変化はあるものの、おおむね終身雇用をモデルとした長期的な雇用契約を前提としていることも多いです。であればなおさらリスキリングの機会を仕組み化することが必要であり、この仕組みによって従業員のデジタルスキルも含めた技術・知識のアップデートができれば、安定して必要な人材を確保することができます。そして、政府としてはそのような取組を進める企業・事業者をサポートしていく施策を用意しています。
DX推進に必要な人材を類型化
人材育成・確保の指針として
人材の流動化をさらに進めるべきとの意見もありますが、逆に既存従業員を計画的に育成していく方が効率的であるとの声も高まっています。外部から獲得した人材が企業文化の違いを乗り越え、移籍先でそのまま能力を発揮できるかということはまた別の問題で、手間もコストもかかります。政府が計画的に人材育成に取り組む企業・事業者をサポートしてくれれば心強いですね。では、DX推進に必要な人材とは、具体的にどのような技術・知識を持つ人物なのでしょうか。
奥村:DX推進における人材の重要性を踏まえ、個人の学習や企業の人材確保・育成の指針となるデジタルスキル標準を策定しました(図表1)。これは、すべてのビジネスパーソンが身に着けるべき能力・スキルを定義した「DXリテラシー標準」と、DXを推進する専門性の高い人材の役割(ロール)及び必要なスキルを定義した「DX推進スキル標準」で構成されるもので、「DXを通じて実現した経営ビジョン策定」、「DXを推進する人材の要件の明確化」、「人材確保・育成施策検討」、「全社的な底上げ(DXの自分事化)」といったDX推進に欠かせない企業・事業者の取組を後押し、企業・事業者がDXを自主的・自発的に進めることを促す「デジタルガバナンス・コード2.0」の実現に寄与します。DX推進に取り組む企業・事業者はまずそのビジョンや戦略をしっかりと整理したうえで、人材育成の方向性を定めるためにこの指針を活用していただきたいと考えています。
「DXリテラシー標準」はすべてのビジネスパーソンが個人として習得する能力・スキルを明らかにしたものであるのに対し、「DX推進スキル標準」はDXを推進する専門性の高い人材を類型化し、それぞれの役割と習得する能力・スキルを明確化したものだということですが、その内容についてご説明をお願いいたします。
奥村:「DX推進スキル標準」では、その対象とする専門性の高い人材を「ビジネスアーキテクト」、「データサイエンティスト」、「サイバーセキュリティ」、「ソフトウェアエンジニア」、「デザイナー」という5つのモデルに類型化し、それぞれのモデルの役割と必要な能力・スキルを示しました。
それぞれのモデル類型についてご説明をお願いします。
奥村:「ビジネスアーキテクト」はDXの取組で達成したい変革の目的を設定し、関係者のコーディネートから協働関係の構築、目的実現に向けた全体の戦略を描く人材。「データサイエンティスト」は、データを活用した業務変革や新規ビジネス実現を目指し、データを収集・解析する仕組みの設計・実装・運用を担う人材。
「サイバーセキュリティ」は、サイバーセキュリティリスクの影響を抑制する対策を担う人材。「ソフトウェアエンジニア」は、デジタル技術を活用した製品・サービスを提供するためのシステムやソフトウェアの設計・実装・運用を担う人材。「デザイナー」は、ビジネスあるいは顧客・ユーザーの視点から総合的に製品・サービスの方針や開発プロセスを策定し、それらに沿った製品・サービスのありかたのデザインを担う人材、と定義しています。
企業・事業者はこの「DX推進スキル標準」に基づき専門性の高い人材を育成・確保していくということですね。
奥村:「DX推進スキル標準」はDXを推進してくための指針ですので、これを参考に業種業態や事業実態に応じたカスタマイズをしていただき、DX推進に必要な人材の育成・確保に取り組んでいかれることを願っています。
DX推進はまさに経営の問題
自社の成長、事業革新のため
DX推進に必要な人材が明確になりました。DXが実体を伴わない流行語のように広がっていますが、地に足をつけてこうした人材を育成・確保していく体制を構築することが企業・事業者に求められますね。
奥村:ビジネスは付加価値と競争力を高めることで顧客に価値を提供し、収益を増やすことが根本的な目的であるわけですが、DXとは、付加価値と競争力を高める取組の一環であり、経営そのものだと考えられます。我が国の産業においては人材がそのネックであるわけですから、人材不足に課題感を抱く事業者の方々におかれては、「DX推進スキル標準」等も参考にその解消に取り組んでいただければ幸いです。
近年は、デジタル端末を利用した消費者の購買行動が広がっており、デジタル端末を利用した生活基盤ができあがりつつあります。企業・事業者もそうした消費生活の変化を踏まえ、より快適なサービスを提供するためにデジタル技術を高める必要があるわけです。端的に言えば、自社製品・サービスのサプライチェーンの中でデジタル技術を活用することにより、より早く商品を届けるとか、消費者ニーズを先取った商品をより早くて企画し、市場に送り出すとか、そういったことを考えていくことが重要であると思っています。
確かにDXすることそれ自体が目的なのではなく、競争力増強や、サービスの充実などのためのDX推進であるべきです。
奥村:DXは社員のみなさんに無理やりデジタル化を頑張っていただくということではなく、ビジネスの本質として取り組むべき課題であるということです。経営者の方々がDXをIT担当部署に丸投げしてしまっていてなかなか取組が進まないというケースもあるそうです。DXはデジタル技術を活用することで自社の成長の余地、あるいはビジネスモデル革新の余地をさぐることであり、まさに経営の問題なのだと、経営者の方々自らがとらえていただくことが重要だと考えています。
DXが経営の問題であるというのはまさに正鵠を得たご指摘だと感じます。
奥村:経営者のみなさんがDXは経営課題そのものととらえ、自ら率先する流れができれば、我が国産業のDXもさらに加速していくと思います。また、大企業であれば、CDO(最高データ責任者)を中心に「DX推進スキル標準」で示した専門性の高い人材を育成・確保していくことができるでしょうが、中小企業においては、CDOはもとより専門性の高い人材についてもモデル類型全ての人材を揃えることが困難であるという場合も少なからずあるだろうと認識しています。そのような場合は、外部の力、伴走支援をうまく活用することが大事です。初めから自前で全部の人材を揃えてからでなければ動けないと考えるのではなく、外部の力を利用しながら足りない人材を育成・確保し、徐々に知見の蓄積や内製化等体制を整備していけばいいと考えます。大企業でもこうしたステップアップの考え方でDXを進めている例は結構あります。
また、中堅・中小企業のDX推進のガイドとなる内容をとりまとめた「『デジタルガバナンス・コード』実践の手引き」も提供しています。50ページ以上の本体版のほか、2ページの概要版、8ページの要約版もありますので、こちらも利用していただければ幸いです。
人材育成のプラットフォーム策定
DX投資促進税制も見直し・延長
政府のデジタル人材育成のためのサポートについてはいかがでしょうか。
奥村:「デジタル人材育成プラットフォーム」というサポート政策を策定しました(図表2)。このプラットフォームは3層構成になっており、一番下の1層目にはオンラインで様々なデジタルスキルが学べるオンラインポータルサイト「マナビDX」を整備しました。ここでは全てのビジネスパーソン向けのリテラシースキルと、DX推進人材向けの専門スキルに関する学習コンテンツ(市場に提供されている約250講座)を整理し、紹介しています。中には厚生労働省所管の助成対象講座も多数ありますので、大いに利用していただきたいと考えています。
2層目はケーススタディ教育プログラム、3層目は地域企業と協働したオンライン研修プログラムとなっており、この二つのレイヤーをまとめて「マナビDXクエスト」としました。2層目のケーススタディ教育プログラムでは理論的な座学だけでなく、実際のデータ付きのケーススタディを教材として提供するもので、受講生同士が学び合いを通じて課題解決のプロセスを疑似体験する内容となっています。3層目のオンライン研修プログラムは、地域企業と協働し、実際の企業の課題解決にチームで取り組む内容となっています。こうした政策を通じ、政府全体としては5年で230万人のデジタル人材育成を目標に掲げています。
こうしたデジタル人材育成のための政府のサポートがあることを理解し、より多くの企業・事業者がDX推進に積極的に取り組んでほしいものです。そのうえで企業・事業者が自社のDXレベルを客観的に知ることも重要だと思いますが、いかがでしょうか。
奥村:はい。DX推進の進捗度を可視化するため、DX推進施策を体系化し、レベル設定や優良企業選定なども整備しました。まずDX推進の進捗度レベルについては、低い方から順に「DX-Ready以前レベル」、「DX-Readyレベル(DX認定企業)」、「DX-Excellentレベル(DX銘柄・DXセレクション企業)」という3段階を設定しています。
「DX-Ready以前レベル」はまだDXに取り組めていない状況ですから、先にご紹介した「中堅・中小企業向け『デジタルガバナンス・コード』実践の手引き」を参照し、まずは「DX認定企業」となることを目指すということになります。「DX認定企業」とは、業種・規模に関係なく「デジタルによって自らのビジネスを変革する準備ができている状態(DX-Ready)」になっている企業・事業者を認定する制度(「情報処理の促進に関する法律」に基づくもの)で、すでに累計629社が認定を受けています(2023年3月時点)。
何かすごく大変なことをするということではなく、企業・事業者の経営理念や将来ビジョンを明確化するなど、デジタル技術を活用してその実現を目指すための基本的な準備体制(6項目)が整っているかどうかの認定です。実際に認定を取得した企業へのアンケートによると、「認定取得のプロセスを通じて社内の変革が進んだ」、「DX認定がきっかけとなって就活イベント等に呼ばれるようになった」等のメリットがありました。認定申請・維持に関わる費用は全て無料ですし、早ければ初回申請から約3か月での認定取得も可能なので、まずはここからスタートしていただきたいと考えています。
このDX認定を取得した企業・事業者は「DX-Readyレベル」であり、さらにデジタルガバナンス・コードに沿って優良な取組を実施している企業・事業者が「DX-Excellentレベル」となります。上場企業は「DX銘柄」(累計選定企業・事業者数は362社)、中堅・中小企業等は「DX Selection」(累計選定企業・事業者数は16社)のことで、最終的にはこのレベルを目指していただければ、我が国産業の国際デジタル競争力は上がっていくものと確信しています。
税制面でのサポートについてはいかがでしょうか。
奥村:「DX投資促進税制」の見直しとともに延長を決定しています。本税制は、DXが IT投資と企業変革を一体化して行う必要があるとの認識から、DXの全社的な変革に取り組むためのデジタル投資を促すための税制で、2021年度と2022年度の2年間実施されてきたものです。本税制の適用期間が2022年度で終了となるため、さらに2年間延長することしました。見直しは認定要件の修正で、デジタル要件については「デジタル人材の育成・確保」を追加しました。
企業変革要件については、従来様々な要件を満たすことが求められていたのですが、「全社レベルでの売上上昇が見込まれる」ことを目指すものとし、その計画も10年ぐらいの期間を認めることにしました。そのうえで成長性の高い海外市場の獲得も含めて全社大の収益向上を図っていくためのITに関連する投資であれば、税額控除(一般に3%だが、グループ外の他法人とデータ連携する場合は5%)、または特別償却(30%)の税制メリットが受けられるものとなっています。投資額の下限は国内売上高比0.1%以上で、上限は300億円です。
DX推進に対する今後の政府としてのお考えをお聞かせください。
奥村:我が国の産業構造をデジタル技術で変革し、国際競争力を強化するための施策を引き続き実施して参ります。また、今後日本もデジタル技術の利用・普及を前提とした「Society5.0」に移行し、データ駆動型の社会になっていくことは確実ですから、政府としてそのような社会のグランドデザインを描くとともに、企業・事業者がそうした社会でビジネスを展開していくためのデータ基盤やプラットフォーム構築を支援していきたいと考えています。