「持続可能な物流」を実現するためのDX推進
加工食品サプライチェーン全体を繋ぐデータ基盤構築へ
text by月刊「LOGI-EVO」編集長 片岡信吾
月刊「LOGI-EVO」は、2021年8月に創刊されたあらゆる産業に関わるロジスティクスの総合専門誌です。
(一社)日本加工食品卸協会
専務理事
時岡 肯平 氏
メーカー出荷金額ベースで2021年度は29兆7,860億円(2021年度:(株)矢野経済研究所調べ)となった加工食品市場は、ここ数年30兆円規模で堅く安定推移している。我が国食品産業の国内生産額は総額110兆円前後(農林水産省・統計調査より)とされており、その3割近くを占める市場のサプライチェーンの中核を担っているのが加工食品卸売業だ。この加工食品卸売業で構成される業界団体として、加工食品流通の近代化や加工食品卸売業の経営合理化などに貢献してきたのが一般社団法人日本加工食品卸協会(日食協、國分晃会長)で、加工食品卸売業ならびに加工食品サプライチェーンのDX推進についても重要は役割を果たしている。
そこで今回は同協会専務理事の時岡肯平氏にインタビューし、加工食品卸売業ならびに加工食品サプライチェーンのDXの現状と課題、またその課題に対する取組、今後の展望などについて話を聞いた。
多頻度・多品種で負荷大きい加工食品流通
卸売業は商流・物流効率化に不可欠な存在
まずは貴協会の概要について伺いたいと思います。
時岡:日食協は、日本缶詰協会(1927年設立。現在の日本缶詰びん詰レトルト食品協会)を淵源としています。1966年に同協会の内販部会342社が結集し、同協会から分離する形で全国缶詰問屋協会が発足されました。この全国缶詰問屋協会を前身とし、1977年に設立されたのが日食協で、1993年に社団法人化し、2012年に一般社団法人となって現在の組織になりました。現在は、加工食品卸売業を中心に、加工食品メーカーや飲料メーカーなどで構成されており、加盟会員は、2022年12月時点で正会員93社、事業所会員97社、賛助会員126社、団体賛助会員3団体となっています。対象としている商品は、生鮮食品以外(一部はある)の加工食品全てと言っていいと思います。
ありがとうございます。加工食品サプライチェーンの現状についてはどのように認識されていますか。
時岡:加工食品サプライチェーンの特徴は、
①扱い商品が生活必需品であり、社会的インフラを担っていること
②メーカー・小売業とも大小様々でかつ多数のプレイヤーが存在していること
③卸売のプレイヤーは商社系・独立系それぞれの大手に集約されていること
④多品種・多頻度で流通し、物流・データ処理の負担が大きいこと
の4点が挙げられます。
①については、新型コロナ禍にあって生活者の命をつなぐ「食」を途絶えさせないとの使命感から、加工食品卸売業の社員が文字通り命がけで職務を遂行したことで、この仕事の社会的重要性を多くの皆さまに知っていただけたと考えています。
②については、加工食品卸売業の大手ともなれば約1万社の食品メーカーと取引していますし、小売業に目を移すと、チェーン化されている実店舗だけでも約10万店舗に達します。加工食品サプライチェーンの川上と川下にはこのような膨大な取引先があり、加工食品卸売業はその中間にあって流通をつないでいるわけです。
メーカーと小売業の膨大な数に対し、日食協正会員が93社ですから、加工食品卸売業の数は圧倒的に少ないですね。
時岡:統合で社数は減りましたが、1社あたりの規模は大きく、加工食品流通における存在感はむしろ増していると思います。林周二先生が「流通革命」(1962年発刊)で唱えられた卸不要論の影響もあり、家電卸売業や衣類卸売業の多くが次第に消えていきましたが、加工食品卸売業はむしろ加工食品流通の効率化に貢献していると評価されているからです。物流面で見ても、川上の食品メーカー約1万社と、川下の小売店舗約10万店舗を直接つないで商品を配送するとなると、そのつなぐ線は単純計算で10億本(物流の線は掛け算⇒1万社×10万店舗で10億本)に達します。
これは双方にとって大きな負担ですが、中間に加工食品卸売業が入ることでその負担は和らぎます(物流の線は足し算⇒卸売業1社の場合、メーカー・卸売業間が1万本、卸売業・小売店舗間が10万本で合計11万本)し、サプライチェーン全体の流通効率化も図れるわけです。これは物流面だけでなく、商流においても同様で、このことからも流通における中間機能としての卸売業が不可欠な存在であることがご理解いただけると思います。
メーカー・卸売業間の物流情報は紙伝票
検品作業に手間と時間をかけている現状
メーカー、卸売業、小売業といったサプライチェーンプレイヤーが加工食品の商流・物流両面において相互に効果的に機能を発揮していることがよくわかりました。情報面での現状の仕組みと課題についてはいかがでしょうか。
時岡:前述のとおり、加工食品サプライチェーンの特徴の一つとして、「多品種・多頻度で流通し、物流・データ処理の負担が大きい」ということが挙げられます。大手卸売業各社が出資して設立した(株)ジャパン・インフォレックスで商品マスターを管理しているのですが、その数は200万SKU(受発注・在庫管理における商品の最小識別単位)に達します。諸外国と比べてもダントツの多さで、同社が欧州研修でイギリスを訪問した際、取扱商品マスターが20万SKUもあると自慢されたそうですが、日本はその10倍もあるわけです。そのデータ処理が膨大であることは当然で、主要卸売業6社が小売とつないでいるEDIでの処理数は月間20億行(20億明細)という多さです。
加工食品サプライチェーンにおける商流・物流の現状を説明すると、メーカー・卸売業間の受発注は、(株)ファイネットなどが提供する業界VAN(取引先コードや商品コードを業界仕様に標準化したシステム)を経由し、日食協EDIフォーマットでデータ交換しています。卸売業からの発注を受けたメーカーは、物流委託先(メーカー物流業者・メーカー共配業者・路線便事業者)に出荷指示を出し、卸売業DC(汎用・専用)に受注商品を納品するという流れです(図表1)。
一方、卸売業・小売業間の受発注は、小売事業者が個別契約しているVAN会社(多数存在)のVANを経由し、各社各様の形式でデータ交換を行っております。一応、業界標準フォーマットになり得る流通BMS(流通事業者がデータ交換で利用するための標準規格)はあるのですが、コスト的な問題から中小小売業ではまだほとんど普及していないのが実情です。小売業から発注を受けた卸売業は、自社DCに出荷指示を出します。物流情報については、卸売業DCと小売共同DC・TCがそれぞれVANを通じ、流通BMSでデータ交換を行っています。卸売業は事前出荷情報を小売業に送っており、納品の際は検品レスで対応してもらえるようになっています。また、卸売業は事前出荷情報とともに納品確定情報も送っており、基本的に小売業ではその情報をもとに仕入れも支払いも計上しているため、請求レスで取引が完結するものとなっています。
最大の課題は、メーカー・卸売業間の物流情報の仕組みで、図表1をご確認いただければ分かりますが、物流部分にはデータの仲介となるVAN(黄色の部分)がなく、電子化されていないという点です。このため卸売業DCでは、商品現物、紙の納品伝票、入荷情報を照合し、時間と手間をかけて検品を行っており、メーカーはこの検品結果に基づいて売上を計上しています。メーカーは約1万社ありますが、その中の大半を占める中小メーカーの多くは独自の物流体制がなく、共配や路線便を利用しています。ゆえに事前出荷情報を送れるような環境にないわけです。
物流危機は製配販3層全体の共通課題
競争から協調・連携へと認識が変化
メーカー・卸売業間の物流情報の仕組みが最大の課題であることがよく分かりました。
時岡:メーカー・卸売業間の物流は、情報面もさることながら実際にモノを運ぶという面でも最も危機的な状況にあります。その点はまた後で述べると思いますが、何より情報がつながっていないという点がその問題に拍車とかけていることは間違いありません。製配販のサプライチェーン3層それぞれの個別最適化が優先され、必ずしも全体最適化が図られていないということが根本的な原因ですが、最近では、製配販3層間の物流・情報流については、競争分野ではなく、協調分野との認識が共有されつつあるということも事実で、この認識のもとにメーカー、卸売業、小売業の3者において垂直的(サプライチェーン全体)にも水平的(同業他社)にも物流危機に対応するための協力関係を築いていくことが必要だと考えています。
加工食品サプライチェーンにおいてメーカー・卸売業間の物流危機がより深刻な状況にありつつも、この問題への対応が協調分野であるとの認識が垂直的にも水平的にも共有されつつあるというご指摘に希望を感じました。
時岡:情報面では、PSTNマイグレーション(加入電話〔固定電話〕における事業者側のアナログ通信網を廃止し、データ回線によるIPネットワークに置き換えるもので、2024年1月から段階的に切り替えを開始し、2025年1月までに完全移行する予定)を控え、いわゆるレガシー回線を利用しているEDIからデジタル回線を利用しているEDIへの移行を推進することも課題として挙げられます。この機会に流通BMSへの移行が進めばいいのですが、既存フォーマットのままで通信可能なサービスを提供するというIT企業も出てきており、これまでと同様、標準化が進まないとの懸念も生じています。
サプライチェーン全体での情報共有化へ
製配販3層の協調・連携組織「FSP」を発足
加工食品サプライチェーンDXが広がっていく段階を考えれば、個別企業でのDX推進がまずあって、その次の段階であるサプライチェーン全体、あるいは製配販流通3層の各業界での協調的展開に進んでいるということですね。そのうえで個別企業の枠を超えていくためには、やはり標準化が課題であるということがよく分かりました。
時岡:加工食品サプライチェーンの現状の課題をまとめると、「持続可能な物流の構築」と「サプライチェーン全体を繋ぐデータ基盤の構築」の2点があるということになります。そしてこれら2点の課題解決のためにも、業界共通基盤となる商流・物流プラットフォーム(メーカー・卸売業間での標準フォーマットに拡げるとの意味で「拡大流通BMS」と表現)を構築し、その利用を拡大していく取組が求められていると考えております(図表2)。より具体的に申し上げれば、まず小売業・卸売業間の受発注EDIの効率化ということで、EDIの卸売業側受け口を各社対応から共通プラットフォームへと移行すること、またPSTNマイグレーションへの対応から流通BMSの利用拡大を推進すること、に取り組んで参ります。一方、メーカー・卸売業間の物流・情報流の効率化ということで、納品伝票電子化・事前出荷情報等の物流データの連携を推進すること、また中小メーカー・卸売業間の受発注EDI基盤を構築すること、にも取り組んで参ります。この図表2のような状況になれば、製造から保管、配送までサプライチェーン全体の情報共有が可能になります。
また、物流の危機的状況を踏まえ、製配販3層にわたる各社が協調して課題に取り組むための連携組織「フードサプライチェーン・サステナビリティプロジェクト(FSP)」も発足しました。加工食品サプライチェーンにおける物流はこれまで売り手負担であり、取引条件であるとの認識が一般的でしたが、現在は協調して取り組むべき連携事案であるとの認識に変わり始めています。このことが大きな出発点であることは言うまでもありません。
加工食品サプライチェーン改革でFSP発足は重要な意味を持つと思います。
時岡:FSPは製配販3層間の協調・連携のための組織ですから、その目的の第一を「製配販3層間での情報共有」としました。そして物流危機に対する認識の共有化を出発点とし、具体的には、サプライチェーン効率化を阻害する商慣習の見直しを提案しているところです。その結果、利益が生まれればそれをお互いにシェアしていくという考えでも一致しています。